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東京地方裁判所 昭和31年(モ)11065号 判決 1958年7月18日

申請人 尾張三郎 外九名

被申請人 銚子醤油株式会社

主文

当裁判所が昭和三一年(ヨ)第四〇〇七号地位保全仮処分申請事件について昭和三一年八月二二日なした仮処分決定中申請人尾張三郎、同野口仁、同根本広次、同津村堅一にかかる部分を取消し、その余の申請人にかかる部分を次項のとおり変更する。

被申請人は申請人高野仁司、同加田国雄、同大根衛、同小池真広、同山下満智子、同根本美奈子を被申請人の従業員として取扱うこと。

申請人尾張三郎、同野口仁、同根本広次、同津村堅一の本件申請を却下する。

訴訟費用中申請人尾張三郎、同野口仁、同根本広次、同津村堅一にかかる分は同人らの負担とし、その余は被申請人の負担とする。

事実

第一、申請人らの主張

申請人ら訴訟代理人は主文第一項掲記の仮処分決定を認可するとの判決を求め、その理由として次のとおり述べた。

一、被申請人会社は醤油の醸造を目的とする株式会社で千葉県銚子市に工場を有し、申請人らはいずれも被申請人に雇傭されて同工場に勤務する従業員で、かつ被申請人会社銚子工場従業員約八五〇名中八三〇名をもつて組織される銚子醤油株式会社従業員組合(以下単に組合という。)の組合員であつたところ、被申請人は昭和三〇年九月二七日附で申請人らに対し懲戒解雇の意思表示をなした。

二、被申請人のあげる徴戒解雇の理由は、会社従業員の一部をもつて組織する統一グループなる団体の発行する機関紙「なかま」第四号に「一人十殺」なる見出しのもとに掲載された記事は会社の社長以下を殺害することを計画しその実行を指示しているもので、申請人らはこの記事の執筆編集印刷発行配布に関係したというにある。

三、(一) しかし申請人らのうち大根、加田、小池、高野、山下、根本美奈子の六名は右記事の執筆編集印刷発行配布のいずれにも関係していない。

(二) 右記事は賞与獲得のためには団結が必要であることを強調した趣旨であつて、被申請人の言うように殺人を計画指示するものでないことは明らかであり、したがつて被申請人の主張する懲戒解雇の事由には全く該当せず、本件解雇は解雇権の乱用であつて無効である。

四、申請人らは解雇無効確認等の訴の提起を準備中であるが、その本案判決確定までの間被解雇者して処遇されることは労働者たる申請人らにとつて重大な損害である。

第二、被申請人の主張

被申請人訴訟代理人は「主文第一項掲記の仮処分決定を取消す。申請人らの申請を却下する。訴訟費用は申請人らの負担とする」旨の判決を求め、その理由として次のとおり述べた。

一、申請人ら主張第一項の事実は認める。

二、被申請人が申請人らを懲戒解雇とした理由は、

(一)  申請人らが「一人十殺」と題する不穏記事を掲載した印刷物(昭和二九年六月一五日発行「なかま」第四号)の編集印刷発行又は配布の責任者であり、かつかかる非行について全く改悛の情が認められなかつたこと(以下解雇理由第一と呼ぶ)

(二)  申請人らが革命至上主義に立脚する極左的冒険主義的秘密団体である統一グループの中心人的物であり常に職制の痲痺企業の破壊を企図し、かつその指導機関たる経営細胞会議に所属していたこと(以下解雇理由第二と呼ぶ)

である。なお被申請人が解雇通知において申請人らに明示したのは解雇理由第一のみであるが、組合に対する事前通知書には解雇理由第一、第二を明示している。

三、解雇理由の具体的事実

(一)  被申請人は昭和二九年六月頃職場内に統一グループなる秘密団体の存在を聞知し、昭和三〇年八月頃にいたつて統一グループが極左的破壊主義的団体で機関紙として「なかま」を発行していたことを知り、同年八月一九日に「なかま」第四号(昭和二九、六、一五発行)を入手して「一人十殺」なる不穏記事の掲載されていることを知つて衝撃を受け、調査した結果、申請人らがその責任者であることが判明した。

(二)  「なかま」第四号の発行についで、申請人中、野口、根本、広次、津村は編集印刷配布に、尾張は編集配布に、その余の六名は配布に、それぞれ関与し、配布に際しては「会社に見つからぬよう」「首をかけて配布しろ」「敵に渡すな」との指令にしたがい隠密の内に配布したもので、組合にも知らしていない。

(三)  「一人十殺」の記事は「一人十殺とは一人で十人を殺すこと、この場合は社長以下を指す文句であります」と明瞭な文言で殺人の真意を表明しているのであつて、単なる比喩戯言ではない。

(四)  本件記事の流布と被申請人の入手との間に相当の時間的経過があり、その間不祥事件がなかつたからといつて職場秩序が紊乱しなかつたとはいえない。かりにその主観的意図及び結果を別としても、この記事のような暴言の存在自体が職場秩序維持と雇傭関係の継続に不可欠である被申請人と申請人らの間の信頼関係を破壊している。

(五)  「なかま」第四号は賞与について組合と被申請人間の協議妥結直前に組合にも知らさず発行されたもので賞与闘争のため発行したとの弁解は不自然であり、組合活動の一環でないことは疑ない。

(六)  統一グループは被申請人も組合も知らぬ秘密団体であつて昭和二八年五月頃組合の設けた社会研究サークルとは別個の存在であり、その方針は消極的積極的サボタージユを行うことで、昭和二九年一月頃には仕事をおくらせ人よこせ運動をすることを決議し、その他作業工程中の「粕剥ぎ」を遅らせること、「揚げ槽」を減らすこと、樽繩をゆるくしばることなどの決議をしている。

(七)  なお本件仮処分申請後にその審尋の過程で判明したところによれば、「なかま」は日本共産党細胞であるS会議が発行したもので、統一グループ員も分担実行したものである。

(八)  被申請人は本件仮処分審尋の過程で、S会議及びその前衛組織である統一グループが隠密裡に現実に破壊的行動を決議しかつ実行に移した業務阻害の事実を知り、「なかま」第四号入手時以上の衝撃をうけ、これにより申請人らに対する信頼関係は完全に破壊された。

被申請人は本件解雇当時このことを知り得なかつたから、解雇理由にあげていなかつたが、判明した以上はさきの解雇の判断に当り評価されるべきである。

(九)  以上の申請人らの行為は文書の配布の点につき就業規則第六四条第七号に、前記二の(二)、三の(六)の点につき同条第一六号に該当すると共に、少くとも同条第一九号に該当する。なお右就業規則は昭和三〇年四月一日以降発効したものであつて本件解雇に適用されないと判定されても昭和二三年三月発効同三〇年三月まで実施された旧就業規則には第六四条第五号に「職場の秩序を乱し又は乱そうとしたとき」と規定し同条第一二号に「前各号に準ずる不都合な行為があつたとき」と規定しているので、申請人らの所為は右第五号に準ずるものであつて第一二号に該当すること明らかである。したがつて就業規則の適用について違法はないので本件解雇が無効となる理由はない。

四、仮りに本件懲戒解雇が理由ないとしても、申請人らは前記のように企業破壊の目的を有し企業の存立を危くする行為に出たものであつて、企業防衛上やむを得ない事由がある場合に該当するもので、改正就業規則第三八条第三号により昭和三一年六月一八日附の準備書面をもつて被申請人は申請人らを解雇した。すなわち使用者対従業員のような継続的契約関係はこれを結ぶ根底が相互の信頼関係にあり、この関係を否定するような事由は同条の「やむを得ない事由」に該当するものである。

第三、被申請人の主張に対する申請人らの反駁

一、(一) 昭和二八年五月頃組合文化部に社会研究サークルが設置され、その後消滅の形となつたが、右サークル参加者であつた申請外酒井一男、柊弘一、申請人尾張、野口、津村、根本広次らによつて研究を進めるとともにその成果を実践に生かす活動をすべく自然にグループが作られ、翌二九年五月頃から統一グループと名付けられ、機関紙として「なかま」を発行しグループの主張、職場の声などを掲載するようになつた。

(二) 「なかま」第四号発行当時組合は被申請人に上期賞与二カ月分支給を要求して闘争に入り、統一グループも組合員に対しては執行部を支持して闘うよう訴える一方、組合員の声を組合に反映させるよう努力し、その活動の一つとして第二工場圧搾場選出の代議員で、かつ統一グループに属する柊弘一、松本清が組合より用紙を貰い右職場組合員全員に配布して無記名のアンケートを集めた。右アンケートは右職場全員及び代議員会に対し読みあげられ、組合の石井書記長に求められて貸与されている。

(三) 「なかま」第四号に掲載され、本件で問題となつた記事はそのアンケートの一つである。統一グループも賞与闘争を闘いぬくために前記記事を「なかま」に掲載発行したものである。

アンケート筆者の意図も、「なかま」に掲載した意図も、賞与闘争を闘いぬくためには強い決意をもつて団結することが必要であることを訴えたものであることは記事の全文をみても、「なかま」第四号全体をみても明らかで、以上の経過をみれば誤解を受けるはずもなく、かつ当時何人もあやしまなかつたものである。

(四) 被申請人は「なかま」第四号配布について就業規則第六四条第七号に該当するというが、同号は本件当時は存在せず昭和三〇年四月一日以降規定されたもので、本件当時申請人らは秩序を乱さぬよう就業時を避けて配布したもので、当時の就業規則の不都合な行為にも該当しない。その他被申請人主張の解雇事由に該当する点はない。

(五) 被申請人主張のその他の解雇理由事実の存在を争う。

申請人らは業務阻害の決議も実行もしたことはない。かりに被申請人の業務に事故のおこつたことがあるとしても申請人らには関係がない。

二、被申請人の昭和三一年六月一八日附準備書面による予備的解雇も、昭和三〇年九月二七日附解雇に対すると同様の理由により無効である。

第四、疎明資料<省略>

理由

第一、当事者間争ない事実と争点

一、被申請人会社は醤油の醸造を目的とする株式会社で千葉県銚子市に工場を有し、申請人らはいずれも被申請人に雇傭されて同工場に勤務する従業員で、かつ同工場従業員をもつて組織される銚子醤油株式会社従業員組合の組合員であつたところ、被申請人は昭和三〇年九月二七日附で申請人らに対し就業規則に基いて懲戒解雇の意思表示をなしたことは当事間に争ない。

また被申請人が昭和三一年六月一八日附の書面をもつて申請人らに対し、就業規則に基いて予備的解雇の意思表示をなしたことは申請人らの明らかに争わないところである。

二、申請人らは右解雇の意思表示は就業規則の適用を誤つたもので無効であると主張する。そこで以下被申請人が解雇理由として主張する事実を疎明資料によつて認定し、次で昭和三〇年九月二七日附解雇の意思表示(以下第一次解雇と略称する)、ならびに昭和三一年六月一八日附解雇の意思表示(以下予備的解雇と略称する)について、被申請人の当時解雇した理由を認定し、就業規則に照してその効力を判断する。

第二、被申請人主張の解雇理由事実の認定

一、解雇理由第一の事実について

成立に争ない乙第五号証の三、同乙第六号証の二、三、四によれば、被申請人会社従業員のうち共産党員により通常SまたはS会議と称する日本共産党細胞が組織され、またその構成員を事実上の指導者とし従業員中これに同調する者を含めて統一グループと称される団体が組織されていたこと(右各号証ならびに証人酒井の証言によれば、これら構成員は昭和二八年に組合に設けられ後に自然消滅した社会研究サークルのメンバーを中心とするものであつたと認められる)、S会議は従業員と党を結ぶ絆として昭和二九年五月一日より「なかま」と題する機関紙を発行し、これを職場内に配布することにより職場の日常闘争を指導し、労働者の政治意識を高め、かつ共産党の拡大を図るに資していたことが認められる。証人酒井、同柊の証言中右認定に反する部分は信じられない。成立に争ない乙第四号証の三、同乙第五号証の三、証人柊の証言によれば、昭和二九年五月頃組合は被申請人に対し同年上期の賞与として俸給二ケ月分の額を要求して闘争状態に入つていたが、S会議構成員であつた申請外柊弘一、同松本清(両名とも組合代議員でもあつた)は、一般従業員の意向と遊離することを回避し、かつ右闘争を有利に導くために従業員の意見を求めようと、その属する第二工場船倉の従業員約五〇数名に会社の提案した賞与額等に関するアンケートを発し、S会議構成員において集まつたアンケート(前記疎明資料によりそれと認められる甲第五号証の一ないし五七)を検討した結果、「一人十殺」と題する記事と同趣旨の意見(甲第四号証の二二)を発見し、これを昭和二九年六月一五日発行の「なかま」第四号(成立に争ない甲第三号証)に掲載することを決定し、実行したこと、及び右アンケートはその全部が第二工場船倉の従業員に対し、その一部は組合代議員に対して読み上げられ、また組合書記長であつた石井に貸与されたことが認められる。

そして「なかま」第四号の編集印刷ならびに配布につき申請人尾張、津村、根本(広)、野口が関与したことは当時者間に争なく、このことと成立に争ない乙第五号証の一、二、三、四、五、同乙第六号証二、三、真正に成立したと認むべき乙第九号証によれば、「なかま」第四号につき、申請人尾張は編集に、同野口、同津村、同根本(広)は編集印刷配布にその余の申請人は配布に各関与したこと、そして右「なかま」は約百部が職場従業員中S会議ないし統一グループに属する者ならびにその親しい者に対して、職場内又は帰路、手渡しないし作業衣に入れておくなどの方法で被申請人会社側の者に知れぬよう配布されたことが認められる。右認定に反する証人酒井一男、同柊弘一の証言は信用しない。

二、解雇理由第二の事実について

(一)  成立に争ない乙第五号証の三、同乙第六号証の二によれば申請人尾張、同野口、同津村、同根本(広)は日本共産党細胞であるS会議に所属したものと認められ、右疎明資料および成立に争ない乙第五号証の一、二、四、五、同乙第六号証の三によれば、申請人らはいずれも統一グループに所属していたものと推認される。

(二)  成立に争ない乙第五号証の三、同乙第六号証の二、四はよれば、S会議は昭和二九年春又は夏頃職場闘争の具体的方策として故意に作業を遅延させることによつて増員を要求し、作業工程中の「粕剥ぎ」を遅くし、「揚げ槽」の枚数を減らし、又は醤油樽の繩のかけ方を緩くすることを奨励する方針を決めたこと、右方針は組合に採用させる方針ではなくS会議独自のものであることが認められる。この認定に反する証人酒井、同柊の証言は信じがたい。そして申請人尾張、同野口、同根本(広)、同津村はS会議の構成員であるから、これに従う意図を有していたものと推認される。しかしその余の申請人らが右方針に参与しこれに従う意図を有していたものと認めるに足る疎明はない。またほかに右S会議ないし統一グループを目して職制の痲痺、企業の破壊を目的とする団体と認めるに足る疎明もない。

第三、第一次解雇に対する判断

一、弁論の全趣旨ならびに疎明の経過はよれば、被申請人は昭和三〇年九月二七日当時においては第二記載の事実のうち解雇理由第一の「なかま」第四号関係について、しかも統一グループ発行のものとして認識していたにとどまり、解雇理由第二のS会議の方針については認識がなかつたものと認められ、このことと成立に争ない甲第一号証に照し、第一次解雇の理由は解雇理由第一の事実にあつたものと認められる。成立に争ない甲第二号証によれば被申請人は組合に対しては申請人らを職制痲痺企業破壊を目的とする団体に所属するものと述べているが、右の経緯に照し、これは「なかま」第四号に基く被申請人の評価と解される。従つて第一次解雇の効力は解雇理由第一の「なかま」第四号に関する申請人らの所為を就業規則に照して判断されるべきものである。

二、成立に争ない乙第一号証および同乙第一一号証によれば、被申請人会社には昭和二三年三月以降同三〇年三月末まで施行された就業規則(以下旧就業規則と略称する)と昭和三〇年四月以降施行されている就業規則(以下新就業規則と略称する)とが存し、いずれも第六三条において懲戒の種類として譴責、減給、出勤停止および解雇を定め、第六四条において旧就業規則は一二ケ号、新就業規則は一九ケ号にわたり懲戒の事由を列挙していることが認められる。

前に認定したとおり「なかま」第四号は昭和二九年六月一五日に発行されたものであるから、特段の理由のない本件では旧就業規則の規定によつて判断すべきものである。そこで本件が旧就業規則第六四条第一二号の「その他前各号に準ずる不都合な行為があつたとき」に該当するか否かについて判断する。

三、就業規則に基く懲戒は元来職場秩序の維持を目的とするものであり、また旧就業規則第六四条各号はすべて職場秩序維持の妨げとなる行為を列挙しているので、同条第一二号の不都合な行為とは職場秩序を乱す行為を指すものと解すべきところ、本件の「なかま」第四号の配布は前に認定したように職場内でもなされているけれども、就業時間を避け、手渡しまたは作業服に入れておくなどの方法でひそかになされたものであるから配布の方法が職場秩序を乱すものとは考えられない。したがつて「一人十殺」と題する記事の内容が問題となる唯一の事項である。右記事が「一人十殺」という表題を掲げ、「一人十殺でこの世をオサラバ、一人十殺とは一人で十人を殺す事、この場合は社長以下を指す文句であります。」と記していることは誠に不穏当であつて、この部分のみを読めば社長以下の殺害を表明したもので職場秩序を乱した場合に該当するといわれてもやむを得ないであろう。しかしながら前に認定したようにこれを配布した当時組合は賞与二ケ月分支給の要求をなして被申請人と闘争状態にあつたこと、およびこれが相当多数の従業員に配布されたがとくに異とされた跡の見られないこと、甲第三号証(「なかま」第四号)には右記事以外にも賞与獲得を強調する記事が随所に発見されることを念頭に、右「一人十殺」の記事全体を通読すれば、前記の不穏当な文言の存在にもかかわらず、殺害の意思を表明しあるいは殺害を教唆煽動したものとは到底解し得ず、むしろ生活の窮乏を訴えこの窮乏を脱するためには一人で十人に当る気構で団結して被申請人会社に対抗し二カ月分の賞与を是非獲得しなければならないことを強調した趣旨であることが明白である。そして前記懲戒規定が懲戒事由に該当する行為をその情状に応じて段階的に把握し、情状の重いものより順次解雇、出勤停止、減給また譴責に処する趣旨であることは規定に照し明らかであるので、右規定に基き解雇するには社会通念上解雇に価する態様情状の行為のあることを要すると解すべく、「なかま」第四号の記事の内容は前記のような態様に照すと懲戒規定において解雇に価するものといえない。してみれば第一次解雇は就業規則の適用を誤つたもので無効というべきである。

第四、予備的解雇に対する判断

一、次に被申請人は解雇理由第一、第二により新就業規則第三八条第三号に基いて昭和三一年六月一八日附で申請人らに対し予備的解雇の意思表示をしたと主張し、申請人らは右解雇通告も無効であると主張するのでこの点について判断する。

新就業規則は、第六章第三八条において

一、精神若しくは身体に故障があるか又は虚弱老耄疾病のため業務に堪えられないと認められたとき

二、已むを得ない事業上の都合によるとき

三、其の他前二号に準ずる程度の已むを得ない事由があるとき

には三〇日前の予告又は三〇日分の平均賃金を支給して解雇すると規定し、

第一〇章第六四条において懲戒の事由として従業員側の一定の非難すべき行為を列挙してその情状の重いものは即時解雇するよう規定している。

ところで就業規則が右のように規定している場合に、第六四条に該当しその情状も解雇に価する行為のある場合に第三八条第三号のやむを得ない事由にあたるものとして第三八条に規定する解雇の扱いをすることももとより妨げないとともに、従業員側の非難すべき行為を理由として第三八条に基き解雇する場合にその行為が同条第三号にいうやむを得ない事由に当るか否かを判断するに当つては、第六四条において従業員の非難すべき行為を列挙しこれに対する処置をその情状に応じて最も重い者を解雇、以下軽い者を出動停止、減給、譴責にするよう規定している趣旨並びに解雇が労働者に与える脅威に鑑み、予告することによりその基準を第六四条の定める基準と甚だしく異にすべきではないと解するのが相当である。

二、この観点に基いて考察すると

(一)  前に認定した解雇理由第一の「なかま」第四号に関する事実は前述のように就業規則第六四条に定める解雇事由に当るというに足りず、また同第三八条第三号のやむを得ない事由に当るというにも足りない。

(二)  解雇理由第二のうち申請人らが統一グループないしS会議に所属するとの事実については、S会議が理由第二の二(二)に認定した方針を決定したことがある一事をもつて、統一グループはもちろん、S会議をもつて暴力主義的破壊活動を目的とする団体と推認することはできず、したがつて就業規則第六四条の定める事由にも、同第三八条の事由にも当ると考えられない。かかる理由は結局申請人が共産党員またはその同調者であることを理由とするに帰し、憲法第一九条労働基準法第三条に違反するものである。

(三)  解雇理由第二のうち申請人らが職制の痲痺企業の破壊を企図したとの点については、理由第二の二(二)に認定したとおり、申請人らの中尾張、野口、津村、根本(広)の四名について前記の方針を決定したことが認められるところであるが、右事実は新就業規則第六四条第一六号「故意に作業能率を害し又は害しようとするとき」、旧就業規則第六四条第一二号「その他前各号に準ずる不都合な行為があつたとき」の項目にあたり、かつ情状の軽くないものであつて前記の観点よりみて就業規則第三八条第三号のやむを得ない事由に該当するものというべきである。

そして解雇理由第二の主張が無効というべき第一次解雇を実質的に維持しようとする目的のみに基いてなされたと見るべき疎明のない以上、作業能率を積極的に低下させる方針の決定が昭和二九年夏頃までに行われたにもかかわらず申請人らの就業していた間に実行に移された旨の適確な疎明がないことを考慮に入れても、この理由にもとづく解雇が甚だしく当を失するものとはいえない。

三、したがつて予備的解雇は作業能率低下の方針決定に参与しかつこれに従う意図を有していたと認むべき申請人尾張、同野口、同津村、同根本(広)に対しては無効というべき理由なく、右方針に関与したと認められないその余の申請人に対しては無効というべきである。

第五、結論

以上のとおり第一次解雇は申請人ら全員に対して無効、予備的解雇は申請人尾張、同野口、同津村、同根本(広)について有効でその余の申請人に対しては無効というべきである。

しかして被申請人が予備的解雇をするにあたり三〇日分以上の平均賃金を提供したことの主張疎明はないが就業規則第三八条に基く解雇である旨の主張に照し即時解雇を固執する趣旨でないことは明らかであるから、右解雇の意思表示により被申請人と右四名の申請人らとの間の雇用契約はその後三〇日の経過により終了したものという外はなく、したがつて申請人らの本件仮処分申請中、右四名に関する部分については、右予備的解雇により雇用契約の終了した後はその地位を保全する理由がないので、先になされた仮処分決定を取消し、仮処分申請はこれを却下すべきものである。

右四名をのぞくその余の申請人らと被申請人との間には雇傭関係が存続しているものというべく、同申請人らにとつて被申請人より被解雇者として取り扱われることは、労働者である同申請人らにとつて甚だしい苦痛損害であることは明らかであるから先になされた仮処分決定中同申請人らに関する部分は正当と認むべきものである。

なお本件仮処分の申請の趣旨とするところは被申請人が申請人らを従業員として扱うことを求めるのにあることは、本件における当事者双方の弁論の全趣旨によつて明白であるから、これを明瞭にするため、維持すべき部分について仮処分命令を主文のとおり変更することとし、申請費用の負担について民事訴訟法第八九条第九二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 西川美数 大塚正夫 花田政道)

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